2020.3.25【sakesaka-style~水曜日のソロキャンパー】開設しました。50代のおっさんサケサカが、真剣に稼ぎ、真剣に遊ぶ! 趣味のソロキャンプやお酒をはじめとした好きな事・好きな物、そしてお仕事の事などを全力で語り尽くすブログです。

【横浜酒場探訪記】今夜の始まり、この一杯~関内「ザ・バー・カサブランカ」

JR根岸線、関内駅に僕は降りた。

昼間の温かさがひいて、うっすらと涼しくなり始めた春の夕暮れ。同じ横浜でも、横浜駅西口の活気や山下町の華やかさ、そして伊勢佐木町の騒々しさとも違う、官公庁特有の落ち着きを持ったこの店の片隅に、僕の目指すバーがある。

関内駅から大通りを海に向かって3~4分歩き、通りを一本入った雑居ビルの地下。近所の飲食店や同じビル内のスナックが店を開け始め、あたりが騒がしくなってくると、その店もオープンする。

とは言っても、カウンターの10席だけというこぢんまりとした店だから、派手な看板があるわけでもなく、ビルの各階案内板と、扉の前の店名ボードだけという地味な造りは、一見ちょっと入りづらそうで、そんな所も僕がこの店を気に入っている要素の一つだ。

表通りの喧燥を離れて地下への階段を降り、カラランと小さくカウベルの音をさせて扉を開ける。と、そこは別世界。今夜をゆっくりと過ごす為の空間が広がっている。

「いらっしゃいませ」

カウベルの音に、キッチンがある店の奥からこの店の店主が顔を出し、笑顔を見せた。

年よりも5つは若く見える彼がこの店のオーナーで、同時に唯一の従業員。カウンターからキッチンまで、小さいながらもこの店のすべてを一人で切り盛りしている。こだわりの若きマスターだ。

「どーも今晩は」

僕は笑顔で答えると、カウンターの真ん中の席に腰を下ろした。

ここのカウンターはバーに良くある背の高いスツールではなく、しっかりと地に足のつく背もたれ付きの椅子だから、ゆっくりと落ち着いて飲むのには非常に都合がいい。

「さてと、どうしようかな……」

カウンターの上で軽く手を組んで、僕は今夜の最初の一杯を何にしようかと考えた。

ここのマスターの山本さんはやたらと注文を急かさない。お客さんがオーダーを決めるまで、静かに笑顔をたたえながらカウンターの中で待っていてくれる。それでいながら『おまかせ』のオーダーをしたとしても、なかなかにツボにはまった物を出してくれるから嬉しい。ま、かくいう僕もいつもは『おまかせ』なんだけど……。

「そうだな、こんな早い時間から飲み始めるのも久しぶりだし、となるとやっぱりあれかな?」

「あ、あれですね」

山本さんはにやっと笑うとカクテルグラスを取り出し、それにアイスピックで砕いた氷をいれた。

比較的早い時間、しかもこんな風にまだバーに誰もお客さんがいない時間、僕が決まって飲みたくなるカクテルがある。

ま、それは僕が最も好きなカクテルだから、もちろんいろんな時に飲むことはあるのだけれど、こんなシチュエーションの時の一杯は、また格別だ。

山本さんはそんな僕の好みをわかってくれているから、『あれ』で通じてしまう。そこが嬉しい。

「おまたせしました」

山本さんの鮮やかな手つきに見とれているうちに、ひんやりと冷たそうなカクテルグラスが僕の目の前に登場した。

「どうも」

僕は軽く礼を言うとグラスを手に取った。そして、まずは一口。

「うん、うまい」

スタンダードなカクテルとして、マティーニと並んで最も有名なギムレットというこのカクテルは、ドライジンとライムジュース、それにわずかばかりのシュガーを混ぜ合わせただけのシンプルなカクテルだ。

しかし、カクテルというのはシンプルであればあるほど技が物をいい、難しいと言われている。その点で言えば山本さんのギムレットは、非常に満足できる味わいだ。

アメリカの有名なハードボイルド作家チャンドラーの代表作『長いお別れ』の中で、主人公のマーロウが友人のテリーと一緒に<ヴィクター>で飲んだという、ハードボイルド&酒好きの間では有名なエピソードを持つこのカクテルが、僕はそのシンプルな味わいとあいまって大好きで、初めて訪れるバーでは必ずと言っていいほど一杯目にはこのカクテルを頼むことにしている。

つまり、僕にとってギムレットというカクテルは、初めて訪れたバーの様子伺いにはぴったりのバロメーターとなっているのだ。ギムレットのうまいバーは、まずハズレが無いと僕は思っている。

そんないきさつもあって、もちろん山本さんのバーに始めてきた時もギムレットを頼んだわけだが、その時ちょっとしたショックを受けたものだった。

と言うのも、なんのことはない、そのギムレットが今まで飲んだどのギムレットよりもうまかったからだ。で、まあ、それ以来このバーの常連となったと言うわけ。

「やっぱり山本さんのギムレットはうまいよね」

僕はお世辞抜きでそう言った。

「ありがとうございます」

山本さんは笑顔で軽く頭を下げると、扉の奥のキッチンへと消えた。きっと、僕への『お通し』を用意しに行ったのだろう。

自他友に認める凝り性の彼は『お通し』ひとつにしてもすべて自分で作っている。その凝り具合は本筋のお酒に関しては極めつきを見せていて、たとえばカクテルに使うフルーツはすべて生の果実を搾って作り、中には生のパイナップルを搾って作るラッフルズホテルスタイルのシンガポールスリングなんていう、カクテル好きにはたまらなく嬉しい代物まである。

前などはフローズンメロンダイキリを一杯作るのに、いきなりカウンターの上に飾ってあったマスクメロンにナイフを入れて驚かされたこともあった。

しかし何よりこの店の嬉しいところは、それだけこだわった物を出していながら価格はいたって良心的というところだ。やはり、それもこれも商業ベースの店ではできない、自分の店だからできる余裕というものなのだろうか。

「さてと」

二杯、三杯とグラスを重ね、山本さんとあいも変わらずくだらない莫迦話を交わし――実は僕と山本さんは齢が同じだから、子供の頃流行った物の話なんかを始めると非常に盛り上がってしまうのだ――、時間もいい頃合いとなったところで僕は腰を上げる決心をした。

山本さんにとってはあまり良くないことかもしれないが、今日みたいに他にお客さんがいない日は、じっくりと腰を落ち着けて飲みたいところだが、今日は珍しくこの後の約束が入っている。

「ごちそうさまです」

「あれ? 今日はずいぶん早いじゃないですか?」

「うん、ちょっとこの後人と約束があってさ」

「そうですか、残念ですねぇ」

そして、僕はチェックを済ませると後ろ髪引かれる思いで腰を上げた。

「じゃ、ごちそうさま。また寄ります」

「お待ちしてます。ありがとうございました」

山本さんの声に見送られながら、僕は店を出ると、地上への階段を上った。

表はすっかりと日も暮れて、昼の顔から夜の顔へと衣替えをしている。あたりにもそろそろ酔っ払って陽気に歩いているグループが目立ち始めている。

「さてと」

軽い酔いに心地よさを感じながら僕は小さくつぶやくと、待ち合わせの場所へと向かって歩き始めた。

夜はまだ宵の口。

1995.4

追記

この文章は文末の日付にある通り、5年ほど前、<今夜もバーで―横浜バー探訪記―>に掲載されたものを、表現方法などの一部に訂正を加えただけで今回このネットエッセイ<横濱酒場探訪記>に掲載した。

したがってここに出てくる<カサブランカ>とオーナー山本氏は、5年前の姿だ。

現在は山本氏は横浜を代表する有名バーテンダーの一人となり、<カサブランカ>も評判の店として大変にぎわっている。

文中のフルーツカクテルはさらにバリエーションが増え、僕はまだ試したことはないが最近ではカボチャのカクテルなんていうオリジナル物も作っているらしい。

そして、当時は1人で店のすべてを切り盛りしていたものだが、今は若いバーテンダーも入り、ますます発展のようである。

とは言っても、山本氏の人柄やお店の雰囲気自体は何も変わらない。

少々の店内改装を経て、よりバーとしての魅力を増した<カサブランカ>が今も変わらず僕を迎えてくれる。

これからもそんな風に素敵な店であってほしいと、僕は思う。そして、またふらっとうまいカクテルを飲みに訪れたいと思う。

彼の作るギムレットは相変わらずうまい。

2000.2

追記2

追記の文章からさらに時間が流れた現在、オーナーの山本氏は横浜の東口に<トラットリア カサブランカ>というイタリアンのレストランバーを出店し、そこのカウンターに立っているため、通常は関内の<カサブランカ>のカウンターには立っていない。

そんなわけで、僕が関内の店の方に顔を出すことは今では殆ど無いのだが、関内店も山本氏の指導よろしく若いバーテンダー(いや、すでに彼も若くは無いか・・・?)が絶品のカクテルを作ってくれている。

関内でフルーツカクテルを存分に味わいたいのならば、今でも十二分に行く価値の店ではある。

ちなみに、横浜のレストランの方も休みの日などにちょっと一杯やりながらちょっとつまみに行くには非常に都合がいい店で、僕もたまに利用させてもらっている。

2008.11

2020年のサケサカより

今現在は山本氏も再び関内のカサブランカのカウンターに立っている。

私自身は最近ではめっきり関内から足も遠ざかってしまったため、彼の店に顔を出すのも数年に1度という不義理ぶりではあるが、SNSなどでは相変わらずなんだかんだとお付き合いをさせていただいている。

昨年末に久しぶりに彼の店に顔を出させてもらい、何か一杯と頼むと、やはり絶品のギムレットを出してくれた。

嬉しい限りだ。

2020.6

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