2020.3.25【sakesaka-style~水曜日のソロキャンパー】開設しました。50代のおっさんサケサカが、真剣に稼ぎ、真剣に遊ぶ! 趣味のソロキャンプやお酒をはじめとした好きな事・好きな物、そしてお仕事の事などを全力で語り尽くすブログです。

【横浜酒場探訪記】ゆったりとした時間、そして夜の始まり~野毛「バーウサギとカメ」

ポチャン。

窓の下を流れる大岡川の水面で、魚の跳ねる音がした。その音で僕は我に返る。表の景色もそろそろ夕焼けというよりは夕闇というほうが正しい時間帯になっていた。川面に映るイルミネーションが綺麗だ

「どうする? 何か作ろうか?」

声をかけられて、僕はその視線を川面の夜景から声の主へと移動させた。

背がひょろっと高く、めがねの奥の細い目が人懐っこい印象を与える、この店のオーナー亀ヶ谷氏。通称カメちゃん。

「ん~と、じゃあもう1杯もらおうかな」

言われて僕は、目の前のグラスが既に空になっていて、半ば溶けかかった氷だけが所在無げにたたずんでいるのにようやく気づいた。

「ジントニックでいい?」

「うん、お願い」

僕の言葉に頷くと、カメちゃんはその空のグラスを持ってカウンターの中へと戻った。

野毛の入り口、大岡川沿いの賃貸ビルの3階にあるこのバー。オーナーのカメちゃんがウサギ年にオープンした店ということで付けられた店名は『バー ウサギとカメ』。

野毛という町においてのその店名といい、屋上にラブホテルの看板がデカデカと取り付けられたビルの外観といい、どことなく胡散臭い感じを受ける店だが――現にオカマバーあたりと勘違いして入ってくる客もたまにはいるらしい――、ここはれっきとしたショットバーだ。しかも、明朗会計のいたって安心のできる店である。

しかし、開店時間からそろそろ1時間以上過ぎようという頃になっても、店内に僕の他に客はいなかった。だというのに僕が1人でいつもの座り慣れたカウンターではなく、この窓際のテーブルに座ったのに、特にさしたる理由はない。ただ、この席を僕が気に入っていることだけは間違いなかった。

全体的に大正ロマンというか、レトロな雰囲気を醸し出すこの店――何せ店の奥には、ちゃぶ台が置かれた『特等席』と呼ばれる2人掛けの小上がり迄あるのだ――の、カウンターの後ろにあるこの席は、昔の寝台車を思わせる木製のシートが向かい合った2人掛けの席で、のどかな野毛の川面にビルの向こう側にある、みなとみらいのイルミネーションがきらめくのを眺めることができる。

この席に座ってボーッとそれらを眺めているのは、なんともゆったりとして素敵な気分なのだ。特に夏の夕暮れ、まだ日も落ちきらぬ早い時間にこの席から暮れゆく町を眺めるというのは、開け放した窓から入り込むそよ風とあいまって何とも言えない、とても贅沢な時間だ。


「お待たせ」

言いながらカメちゃんが僕の目の前のコースターに涼しげなグラスを置いた。

この店がそんな風にどこか時間さえもゆっくりと流れているかのような錯覚を起こさせるのは、そんな環境やインテリアのせいばかりではない。

やはりバーという所は、その店のオーナーなり店長なりの人柄によって左右されるという事は、おそらくバー好きの方なら理解してもらえるだろうが、この店も例外ではなくオーナーのカメちゃんの持つ雰囲気が店の雰囲気を決定付けていると言えた。

お世辞にもバックバーの品揃えがいいとは言えないこの店――勿論、不満がない程度に一通りの物はそろっているが――に僕がこうして通ってくるのは、やはり彼がいるからだった。

レトロでウッディな店内に、みなとみらいを望む(全景とはいかないが)リバーサイドという好立地条件、そのカウンターに彼が入ることによってこの店のゆったりとした贅沢な時間と空間は完成する。

だからこそ僕は、通勤経路からも外れたこの店に月に数度はわざわざ足を運び、狭くて急な階段を3階までエッチラオッチラ上るのだ。そして、彼の暖かい声と笑顔に迎え入れられる。

オープンしてまだわずかに1年のこの店。しかし、何故だかずっと昔からここに合ったかのような、そしてずっと昔から常連として通ってきていたかのような不思議な錯覚を起こさせるバー。

野毛という庶民的で、町自体がレトロな雰囲気を持つこの町に、どうやらこの店は馴染んでいるらしい。

そして、これから10年も20年もこの場所に、今と変わらず在り続けていくのだろう。ただ、カメちゃんとこの店、それから僕も少しずつ年を取っていく。ただそれだけのことだ。そしてその頃もこうしてこの店の常連としてずっと通っていたいと思う。

さてと……。

2杯目のジントニックを飲み干すと、僕は腰を上げる決心をした。

「ごちそうさま」

「あれ? もう帰るの?」

カメちゃんがさも意外だというように言った。

もっともな話だ。普段の僕だったらたった2杯で腰を上げるなんてことはありえない話だったし、午前4時の閉店時間を知っていながら平気でお替わりを頼み、彼に残業をさせてしまうのもしょっちゅうだったのだ。

だが、いささか今日は様子が違う。

「うん、せっかくの休みだからね、ちょっと色々と回ってみようと思ってさ」

つまりはそういう事だ。

いつもなら仕事がハネた後にこの店にくるのが常だったが、今日はたまたま平日に取れた休みを使って、普段いかない店に飲みに出かける前に立ち寄ったというわけだった。いつもは夜を締めくくる為に訪れる店に、たまには夜を始める為に訪れるというのも悪くはない。なにより夜はまだまだ長い。

「さてと、それじゃね」

勘定を清ますと、僕は席を立った。そして出口へと。

「じゃあ、気を付けて」

出口まで見送りにきてくれたカメちゃんが言う。

「うん。じゃ、ごっそさん」

僕はそう返すと、降りる時には更に実感する急な階段を注意しながら下っていった。

「ありがとうございました」

カメちゃんの声を背中に聞きながらビルの外へと出る僕。と……。

「あれ?久しぶりじゃないですか!」

ふいに名を呼ばれて振り替えると、そこにはこの店の常連客の一人であるともくんが立っていた。

「や、久しぶり」

「ど~もです。何だ、もう帰るんですか? たまにはいっしょに飲みましょうよ」

ともくんが言う。彼とはカメちゃんがまだ関内のとあるレストランバーでバーテンダーをしていた頃からの知り合いだった。

以前はいろんな店で何度も一緒に飲んだものだったが、その彼も学生から社会人になったことも手伝って、中々会う機会もなかったのだ。その彼からの誘いと在れば言わずもがな。やはり前言撤回ということか……。

「よっしゃ、んじゃ久しぶりに1杯やろうか」

「そうこなくっちゃ。じゃあ行きましょう」

そうして僕はたった今降りてきたばかりの階段を、再び上って行った

「いらっしゃいませ。……て、あれ? お帰りなさい」

「あはは。下でともくんにバッタリ会ってね。んで、飲み直し」

「そうなんだ、んじゃ、カウンターにでもどうぞ」

そして僕はいつもの座り慣れたカウンター席に、ともくんと並んで腰を下ろした。つまり、窓の外の景色には背を向けた形だ。先程までの夕暮れの町から、深夜に見慣れたバックバーとカメちゃんの笑顔がそこにあった。

何だか今夜も長い夜になりそうだ。

この店での僕の深夜の定番酒・ケンタッキーコロネルのオン・ザ・ロックを頼みながら、僕はふとそんなことを思った。やはりこの店はそんな風にのんびりとした時間が流れているのかもしれない。

2000.2

追記

なんと8年も前に書いた文章。

当然のごとく、今では<バー ウサギとカメ>も、野毛で10年選手のキャリアを持つ店となった。

以前はちゃぶ台だった席に巨大なモニターが置かれ、チャップリンなどの無声映画が流れたりと、店の中は多少変わりはしたが、この店に流れる時間は今も変わらずゆっくりしている。

多少、僕もカメちゃんも齢を取りはしたが・・・。

2008.11

2020年のサケサカより

もう随分と長い間カメチャンの顔を見ていない気がする。

風のうわさでは彼も彼の店も、顕在で元気に頑張っているとは聞くが、なかなかお店には顔を出せないでいる。

たまには野毛の夕風にあたりに、ふらっと彼の店を訪れてみようか・・・。

2020.6

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