いらっしゃい! <酒と肴>へようこそ!
え~ご注文は?
日本酒? ええ、そりゃもう日本各地の銘酒をた~んとご用意してますよ。で、何を?
え? 何ですって? 辛口でおすすめのお酒ですかい?(ありゃあ、もしかしてこのお客さんも『あのテ』のお客さんじゃないだろうなぁ?)
ええ、もちろん辛口の酒もたくさん用意してますよ。そうですねぇ、じゃあ一杯目ってことでこんな酒はどうです?
『琵琶のささ浪 手詰め中取り特別本醸造』
こいつは『琵琶のささ浪』って書いて『びわのさざなみ』って読むんだけど、わりに最近地酒好きの間で人気が出てる銘柄でしてね、埼玉県のお酒。
滋賀県じゃないですぜ。ささっ、どうぞ一杯……。
どうです? え? ええ~っ!? 辛くない? むしろ甘いって?(おいおい、やっぱあれかね?)
日本酒度だけで甘辛を語るのは多少語弊があるけど、それにしてもこれ日本酒度+20ですぜ。ま、たしかにアルコールが15度と低い分やわらかい感じがするのは事実ですが……。
え? 能書きはいいからもっと辛いのをくれ? あ、ああ、こりゃ失礼。確かにせっかくのうまい酒につまらん能書きはいりませんやね。そ、ポンと膝打つうまさが一番!
ってところで、ど・れ・に・し・よ・うか……なっと。お、そうだ、こいつがありました、こいつが。秋田県の人気銘柄、
『天の戸 無濾過辛口純米』
ここのお酒では『美稲(うましね)』ってのが有名だけど、こいつも中々うまいよ。『琵琶のささ浪』ほど日本酒度は高くないけど、芯のとおった辛さがあってむしろこっちのほうが……。
ええ? こいつもだめ?(まいったね、やっぱりそうだよ)
……んじゃあ、こいつはどうだい? 今飲んでもらった『天の戸 無濾過純米』の原酒。アルコール度が高い分よりストレートに辛みが……。
へ? こいつもだめ? まだ甘味があるって? ……あのねぇ、お客さん。あんま言いたくないけどさ、日本酒ってのは甘いもんなんだよ。
って言うか、そもそもお酒ってのはエチルアルコールでもない限り日本酒だろうがワインだろうがウイスキーだろうが甘味ってのはあるんだよねぇ。
それに、そういう意味では極めて甘味の<少ない>酒ってのは存在しても、言葉どおり<辛い>酒ってのは存在しないんですぜ。カクテルのドライマティーニなんかにしても別に<辛い>マティーニってわけではないし……。
え? 何でかって? そりゃぁお客さん、あんま飲んでる席でこ難しいこと語ってもしょうがないけど、まずアルコールってのはそもそも原料が持っている糖分を酵母がアルコールと炭酸ガスに分解することによって造られるもんなんだ。つまり、アルコールの原料が糖分である以上甘味のまったく無い酒ってのは存在しないんだよね。
ああ、そりゃもちろん原料や造り方の違いによる多い少ないはあるよ。
例えば日本酒とワインを比べてもらえればわかると思うけど、ワインのほうが甘味は少ないよね。
でも、それは甘味が少ないというよりもワインのほうが酸味や渋みなんかが多いからあまり甘味を強く感じないってだけで、ワインだってドイツワインみたいな甘口のワインもあれば、フランスのボルドー産赤ワインに代表される渋々系のワインだってある。
ただね、これが日本酒になった場合、原料のお米にあまり酸味や渋みみたいな味が含まれていないもんで、そういった味を感じるよりはよりストレートに甘味が感じられるわけ。
でも、古酒みたいに……。そうだ、お客さん。古酒って飲んだことある? 無い? そう、んじゃ物は試しに一杯どうだい? いや、ちょっと面白いのが入ってるんだけど……。
『月桂冠 昭和51年度醸造秘蔵古酒 非売品』
どう? 初めて出会う味だけど、うまいって? 良かった気に入ってもらえて。あたしもほっとしたよ。
そうなんだよね、もちろん日本酒の中にも酸がまるっきり無いわけじゃないんだけど、若いうちはほとんどそれが感じられることは無いんだ。
でも、こうして熟成を重ねるうちにビンの中でアミノ酸なんかが活性化してね、酸味なんかが強くなってくるんだよ。ちなみに、こうして酒色がウイスキーみたいになるのもアミノ酸効果。
で、こうして酸味やその他の味が複雑に絡み合ってくると単なる甘味だけでない面白い味になってくれるでしょう?えらいもんだよねぇ、微生物ってさ。
え? 何です? 確かにこいつはこいつでうまいけど、辛い日本酒が飲みたい?
……あ、あのねぇ、お客さん。あたしの言おうとしていることわかってくれた? ……ああ、はいはい。能書きはいいって? もちろんでさ。しかし、何を出したものか……。
お! そうだ、ちょっといたずら心を出してみて、こんなトリックプレーはどうです? さ、これはちょっと失礼してお客さんに見えないように……。さ、どうぞ。
え? ええ~っ! う、うまいっ!? 嘘だぁ。
あ、いや別に変なもんだしたわけじゃないんだけど……。これは何の酒かって? いや、こいつは、その……。
『吟香 鳥飼』
こういう酒を探していた、どこの地酒なんだ! って、お客さん、そう意気込まれても……。え~っと、ね、まことに申し上げにくいんですが、こいつは日本酒じゃなくって熊本の米焼酎なんですよ。
それをちょ~っと水で割って出してみたんですが……。いや、そのね、ほんのいたずら心って奴なんですがね。
それにしても、うまいかい?
いや、店に置いときながらこういう事言うのは気が引けるけど、この酒うまいかね?
確かに女の子とかには人気の酒だし、当店の常連さんの中にもこの酒が好きなコはいますよ。でも、一応みんなロックで飲んでるけどなぁ。
なんか以前雅子様はペリエで割って飲んでいたなんて言って話題になったことがあるけど、私に言わせればこいつって割っちゃうとな~んか薄っぺらな酒になりません? 香りだけ妙に吟醸香が強くてさぁ……。
なんか甘味の無い吟醸酒って感じで……。ま、それでも十分甘くはあると思うんだけど……。
まぁね、味の好みは人それぞれだから一概に否定はできないけど、あたしゃどうも苦手だなぁ、この酒……。
いやね、お客さん。ま、お客さんが『鳥飼』を気に入ったてんなら別にそれはそれでいいんだけど、日本酒の辛口って奴ね、お酒の中にある甘味を一緒に楽しんでみるって訳にはいきませんかね?
この『鳥飼』だって確かに日本酒の持ってる甘さとは違うけど、奥のほうに甘さがあるでしょ? ま、蒸留してる分そんなにストレートな甘さではないと思うけど。
でね、酒の甘味ってのはつまるところ<旨み>なわけですよ。だから、逆に甘口の酒にだってお客さんの口に合う酒だってあるかもしれないよ? ね?
さっきだって別に辛口ではないけど『月桂冠 秘蔵古酒』は気に入ってくれたじゃないですか。
ま、そりゃただベタベタとした造ったような甘さがある酒があるのも事実ですぜ。でも、世の中にはそんな甘味だけじゃない、きちんとした<旨み>としての甘味を持った日本酒ってのは、た~んとあるんだから、それを楽しまない手ってのは無いんじゃない?
ね? たまには辛口信仰やめてみない? 辛口<だけ>がうまい酒じゃないと思いますぜ、ホントの話。
え? わかってくれた? じゃあ、おすすめの辛くない酒をくれって? ……あ、あのねぇ、お客さん……。
2001年
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