ここはBar SOMEDAY・・・・・・かどうかはさておき
閑話休題として、ま、こんなちょっとしたショートジョークはいかがでしょう?
カウンターの片隅ではお洒落な会話ばかりではなく
こんなおちゃらけた会話が交わされている日もあるのですね
ハードボイルドな世界・・・・・・を?たまにはお楽しみを
「よろしかったら、もう1杯いかがですか?」
俺は、3つ隣のスツールに座っている女に声をかけた。
「え?」
女は一瞬驚いた声をあげたが、すぐに笑顔で答えた。「いただくわ」
雑居ビルの地下にある小さなバー。そこでたまたま隣り合わせた男と女。会話を交わし、グラスを合わせ、一夜限りの恋が始まる。・・・・・・まぁ、良くある話だ。
実にハードボイルドな夜である。
「彼女に<ホワイトレディ>をもう1杯。それと、僕には<マンハッタン>をドライで」
俺は、顔なじみにバーテンダーにそうオーダーを頼んだ。彼は黙ってうなずくとシェーカーを手にとる。
「<ホワイトレディ>・・・・・・か。あなたにはぴったりのカクテルですね」
そんな歯の浮くような台詞も、こんなシチュエーションなら許される。それが証拠に、女もちょっと照れくさそうにはにかんだ後、小さく小首を傾げて見せた。
「お待たせしました」
ミスター・バーテンダーが2人の前にそれぞれのカクテルを差し出す。俺達は、同時にそれを手に取った。
「それじゃあ、乾杯しましょう」
「何に乾杯するのかしら?」
「もちろん」
俺は、そう言いながら女の眼をじっと見詰めた。「2人の出会いにです」
「まぁ、気障ね」
女はそう言いながらもまんざらではない笑顔で俺を見つめた。
「それじゃあ、素敵な2人の出会いに・・・・・・」
言いながらグラスを傾ける2人。・・・・・・と、その瞬間。
「お~っ! やっぱりここにいたか! いやいや、探しちゃったよ。はっはっは」
背後からふいに聞こえてくる、実にノーテンキな笑い声。
「あ~、の~、な~・・・・・・」
ゆっくり・・・・・・、極めてゆっくり、俺は振り返り、声の主を睨みつけた。
右目だけ細めて。・・・・・・いわゆるジト目ってやつだ。
「あれ? 何? もしかしておじゃまだった・・・・・・、かな?」
声の主、俺の友人のMは実に軽薄に言い放った。まるで、今にも『およびでない?』とでも言い出しそうな雰囲気だった。
「おじゃまも何も・・・・・・」
「それじゃあ私、これで失礼いたします。ごちそうさま」
言いながら女が席を立つ。
「あれ? ちょっと・・・・・・。ねぇ、待って・・・・・・」
しかし、女はそんな俺の台詞に耳も貸さず、早々に立ち去っていった。
「いやぁ~、悪い悪い」
Mは、これっぽっちも悪いとは思っていないかのように言い、俺の隣のスツールに座り込んだ。
「くっくっく・・・・・・。いやぁ、外しましたね」
さっきまでのクールさがまるで嘘のように、バーテンダーが声をかける。
「あのねぇ、そういう言い方ってないんじゃないの?」
「でもですねぇ・・・・・・」
そんな俺の抗議には耳を貸さず、ミスター・バーテンダーは言った。「今回の場合はMさんに感謝した方がいいかもしれませんよ」
「へ?」
俺は素っ頓狂な声をあげた。「なんで?」
「だって、さっきの方・・・・・・」
そこまで言うと、彼は声をひそめた。「実はニューハーフなんですよ」
「うげ!」
思わず俺はうめき声をあげた。
「はっはっは~だ。いやいや、おしかったねぇ・・・・・・。邪魔しなきゃ良かったかな?」
隣ではMが腹を抱えて笑っている。・・・・・・く、くそぅ・・・・・・。
「ちくしょー! バーボンをロックでくれ!」
やけくそのように言う俺。
「あ、俺も同じのでいいや」
気軽に言い放つM。
「かしこまりました」
恭しくうなずくミスター・バーテンダー。
三人三様。それぞれの夜。
雑居ビルの地下にある小さなバー。
そこに図らずも集った男と男。
会話を交わし、呑んだくれ、いつもの夜が過ぎてゆく・・・・・・。
実に・・・・・・、実には~どぼいどどな夜であった。
2000.9
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